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Starbucks 約8分で読めます

スターバックスはコーヒーを売っていない

スターバックスの成功は、単なるコーヒー販売ではなく、データに基づいた「体験」の設計にある。顧客の数とロイヤルティプログラムの効果を巧みに活用し、名前を呼ぶことで顧客の個人認識を促進。効率化だけでは体験が損なわれる教訓を学び、「Back to Starbucks」の戦略を打ち出した。

スターバックスで一番売れているものは、コーヒーではない。

「体験」だ。

この言葉はマーケティング業界で手垢のついたフレーズになっているが、スターバックスほどそれを「設計」として実装しているブランドは少ない。
そして重要なのは、その設計が「感性」ではなく「データ」によって支えられていることだ。

数字を見てほしい。

スターバックス・リワードのアクティブメンバー数:3,460万人(2025年Q1、米国)
米国売上に占めるロイヤルメンバーの割合:57%
ロイヤルメンバーの顧客維持率:44%(業界平均25%)
ロイヤルメンバーは非メンバーより毎日来店する可能性が5.6倍高い

世界75か国以上、3万5,000店舗を超えるチェーンが、これほど精密にデータで「体験」を設計している。

これはマーケターが学ぶべき最大のケーススタディの一つだ。


「サードプレイス」という設計哲学の起源

スターバックスの創業者ハワード・シュルツが1983年にミラノのエスプレッソバーを訪れたとき、彼が見たものは「コーヒーを売る場所」ではなかった。

人々が立ち寄り、会話し、時間を過ごす。仕事場でも家でもない「第三の場所(サードプレイス)」だった。

シュルツはこの概念をアメリカに持ち帰り、スターバックスを「コーヒーショップ」ではなく「サードプレイス」として設計した。
椅子は長時間座っても疲れないものを選ぶ。BGMは会話を妨げないテンポのものを流す。
店内の照明は自然光に近い暖色系にする。カウンターのバリスタは顧客の名前を覚える。

これらは全て「体験の設計」だ。

しかし2020年代に入り、スターバックスは深刻な挑戦に直面した。

モバイルオーダーの急拡大によって「ピックアップ専用店」が増え、店内で過ごす人が減った。
ハワードが設計した「サードプレイス」の体験が失われ、ただコーヒーを受け取るだけの場所になっていった。

そして2024年、6四半期連続でコンパラ売上が下落したスターバックスは、元Chipotle CEO のブライアン・ニコルを新CEOとして迎え入れ「Back to Starbucks」戦略を発表した。

「データとテクノロジーで効率化を追求した結果、体験を失った」
このスターバックスの反省は、デジタル化を推進する全ての企業への警告だ。


「Deep Brew」コーヒーではなくデータを醸造するAI

スターバックスが「体験の設計」のためにどれほどデータに投資しているかを示す具体的な事実がある。

Deep Brew(ディープブリュー)
これはスターバックスが独自に開発したAIプラットフォームの名前だ。
毎週1億件以上のトランザクションを処理し、顧客の行動パターン・天気・時間帯・地域特性を統合して分析する。

Deep Brewが何をするか
①パーソナライズされたオファーの生成
顧客Aが「毎週月曜の朝8時にアイスラテを注文する」というパターンを持っていれば、月曜の朝7時50分にアプリへのプッシュ通知で「今日のアイスラテに追加するフレーバーシロップ、いかがですか?」という提案を送る。

②在庫の予測的補充
特定の店舗で「雨の日の午後にホットチョコレートが急増する」というパターンを検出すると、翌日が雨の予報であれば自動的に在庫を増やす指示を出す。

③バリスタの人員配置の最適化
「この店舗は水曜の午前11時から12時の間が最も混む」というデータから、最適なスタッフ配置スケジュールを自動生成する。

通販企業への翻訳: Deep Brewは「CDP(カスタマーデータプラットフォーム)+ AIレコメンドエンジン + 需要予測システム」の統合だ。Treasure DataとCJOが組み合わさった世界観と、ほぼ同じ構造をしている。


「名前を呼ぶ」ことの経済的価値

海外のスターバックスのバリスタは注文を受けるとき、顧客の名前を聞いてカップに書く。
そして飲み物が完成したとき「○○さん、お待たせしました」と呼ぶ。

私も実際フランスやアメリカに行ったときに経験した。日本や韓国は番号で呼ばれる。
名前を知られたくないなど地域によって違いはある。

これは「サービス」ではなく「設計」だ。

心理学では「カクテルパーティ効果」として知られる現象がある。
騒がしい場所でも、自分の名前だけは聞こえてくる。自分の名前を呼ばれると、人間の脳は無意識に反応する。

スターバックスはこの心理効果を店舗運営に組み込んだ。
名前を呼ぶことで、顧客は「この場所は自分を個人として認識している」と感じる。これが「体験」の核心だ。

しかしデジタルの文脈では、「名前を呼ぶ」ことはより深い意味を持つ。

スターバックスのアプリを開くと「おかえりなさい、○○さん」と表示される。

ロイヤルティプログラムが「あなたはゴールドメンバーです」と伝える。誕生日には「○○さんの誕生日に無料ドリンクを」という個人宛のオファーが届く。

これらは全て「名前を呼ぶ」行為のデジタル版だ。そしてこの「個人として認識されている感覚」こそが、顧客維持率44%という数字の根拠になっている。


「スターという通貨」の設計

スターバックス・リワードのポイント名は「スター」だ。なぜ「ポイント」ではなく「スター」なのか。

これも設計だ。

「ポイントを貯める」より「スターを集める」の方が感情的な引力が強い。
星を集めるという行為は、子供の頃から持つ「集める喜び」と「達成感」を呼び起こす。

さらに重要なのが「ゲーミフィケーション」だ。

スターバックスのリワードシステムには

  • 進捗バー(あと○スターで次の報酬)
  • ダブルスターデー(特定日は2倍のスターが貯まる)
  • ボーナススターチャレンジ(特定行動で追加スターを獲得)
  • グリーン / ゴールドの2段階ティア(ステータスの序列)

これらは全て、心理学的に「行動を継続させる」設計だ。

「エンダウメント効果」すでに貯めたものを失いたくないという心理。
「進捗の原理」ゴールに近づくほど行動が加速する心理。
「ステータスへの欲求」ゴールドメンバーである自分を誇りたい心理。

2025年Q1時点でスターバックスはギフトカードのロードとして35億ドルを計上している。
これは顧客が「将来の購買」のために事前にお金を預けたという意味だ。スターを失いたくないからお金を先払いする。これが「ゲーミフィケーションの経済効果」だ。


「失敗」から学ぶピックアップ専用店の教訓

2020〜2022年に流行したスターバックスの「ピックアップ専用店」は、2025年に段階的に廃止された。

なぜか。

効率性は完璧だった。モバイルオーダーで事前注文し、店に着いたら30秒で受け取れる。待ち時間ゼロ。行列ゼロ。コーヒーを受け取って去るだけ。

しかし顧客は「それだけ」を求めていなかった。

スターバックスに来るのは「コーヒーが欲しいから」だけではない。「バリスタと少し話したいから」「あの落ち着いた空間で30分過ごしたいから」「自分の名前が書かれたカップを受け取る感覚が好きだから」

これらは全て「体験」への欲求だ。

「最も効率的な体験」が「最も良い体験」ではない。

これはすべてのCX設計において根本的に重要な洞察だ。データで最適化できるのは「効率」だけではなく「体験の質」でなければならない。しかし体験の質は、効率とは逆方向に働くことがある。

スターバックスはこの矛盾を「Back to Starbucks」戦略で正面から認めた。効率化の追求が体験を壊した。

この反省を持てる企業は、長期的に強い。


次回予告:「ロイヤルティプログラムという「行動設計

スターを集める行動はなぜ止まらないのか。顧客心理・ゲーミフィケーション・ポイントエコノミーの深層を解剖し、通販企業の顧客育成設計に翻訳する。


出典:Starbucks Q1 2025決算資料、WPLoyalty「Starbucks Loyalty Program Case Study」(2025年)、The Wise Marketer「Starbucks and the Future of Customer Loyalty」(2025年)

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この記事を書いた人:martechfarm

Treasure Data Top Lapidarist Award受賞。

SQL / Digdag / Python / CDP設計 / CRM設計を横断し、企業のデータ活用を支援。

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